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コラム③〜とある銀行員の日常II


Ch.2 とある銀行員の憂鬱

―早稲田に桜咲き誇るころ、遠く離れた茨城の地で、ある一人の銀行員が頭を抱えていた。彼の名を仮にchiginとしよう。chiginは、2年目の個人営業担当である。元々住宅ローンの担当がメインであったのだが、支店の収益が巡航速度を大きく下回る状況下、1月より投資型金融商品投資信託・生命保険)の販売に力を入れ、代理店手数料を稼ぐよう指示を受けていた。

chiginは3月に入り、月中収益目標1,200千円を第2週で既に達成した。銀行は、数字さえ挙げていれば何も文句を言われない文化を持っているが、期末である現状を踏まえ、上席より「頼む、支店のために目標以上に収益をあげてくれ」と頼まれる、いいご身分であった。

しかし、chiginはある重大な事実に気が付いていた。個人の月中収益目標1,200千円は達成していても、期中収益目標4,500千円にあと1,200万円足りていないのである。このままでは、いざ目標管理のフィードバックタイムが来た時に、「お前月中目標いって気が緩んでたんじゃないのか」とバッシングを受けかねない。更に、来期トレーニーに応募するにあたり、収益目標だけは達成し見栄えを良くしておきたいとの思惑があり、この目標は必達すべきであるといえる。週の前半にいい案件を刈り取りつくしてしまった中、新たな案件の発掘の必要に迫られていた。

3月22日、とあるお客様から連絡が入った。名をWさんとしよう。Wさんは79歳のおばあちゃんである。旦那は他界し子供は東京で事業をやっている。先日秋田の実家から帰ってきた、そして半年後には東京で子供と暮らす予定、とのことである。
Wさんは、投資信託を長くやっている御得意さまであった。2015年の頭に、〇〇Jリートという商品を20,000千円購入されていた(リートとは、不動産投資信託の略である)が、前の営業担当のセンスがなかったのか、高値で買ってしまい、その後国内不動産市況の不調から基準価額がどんどん下がり損失を抱えてしまっていた。半年前時点で、金額にして、約△2,000千円の損失であった。しかし、昨今の日銀マイナス金利の影響により、3月22日時点で損失が約△150千円まで戻ってきていた。(不動産には、銀行からお金を借りて投資するので、金利が下がると即ち調達コストの低下→利益率上昇となる)

chiginは迷った。①もう少しまってプラスになったら乗り換えさせる ②もう乗り換えさせて収益を今期に入れる、の2択である。現在有望な案件がなかったトムは、後者を選択した。Wさんに電話でアポイントをとり、25日に来店誘致した。

幾分かについては分配金で既に受け取っていることもあり、もし解約した場合の解約金額は18,600千円程度を見込んでいた。chiginはそのお金をどう動かすか考えた。どうにかしてそのお金を外貨建ての一時払終身保険に切り替えさせたかった。手数料を稼げるからである。投資信託の代理店手数料率は、販売金額に対し高くて3.24%である。一方で、外貨建ての保険の場合は最大7.5%の手数料をもらえる種類もある。例えば10,000千円投資をさせるとして、手数料率3.24%の投資信託を売った場合の代理店手数料=収益は324千円、一方で7.5%の保険を売れば750千円。雲泥の差である。

chiginは「Jリートは好調を維持している中で、1商品に集中して投資をするのはリスクが大きい。一部を別銘柄にしてリバランスしましょう。更に、あと半年で東京に戻るのであれば、投資信託は後半年しかできませんよね。保険にしておいて、ご家族に“遺す”資金を準備しましょう」というシナリオを考えた。リバランスにあたり、12,000千円を外貨建ての保険(手数料率7.5%)にして、収益900千円を稼ごうという寸断である。別のお客様で収益300千円見込の案件はあるので、このシナリオでいけば期中目標達成である。

3/25当日を迎えた。応接にて面談。

―Wさま、お帰りなさいませ。
―秋田にいるときも連絡くれてありがとう。
―最近どうですか。
―人間関係がめんどくさくてね。こんな時旦那がいてくれたら。あなた、嫁さんをとるときは近くで支えてくれる人にしなさいよ。
―胸に刻んでおきます。私は彼女もいない身分でしてお恥ずかしい。
―あら、一体どうしたの。

ここからchiginの恋バナのスタートである。トムは女性のお客様には必ず恋バナをするようにしている。恋バナで“同情”を引き出した上で、商品を提案し、買ってもらいやすくしているのである。

さて、恋バナも終わり、先の保険の提案をしたのだが、Wさんの反応がイマイチよろしくない。どうやらこの人、半年後には投信全部解約して東京の銀行にもっていきたいらしい。更に、子供に資産を遺したい、というニーズが皆無である。そのことに気が付いたchiginは、方針を転換し、泣く泣く全額投資信託にすることに決めた。

「わかりやすい方がいいから、持つのは1銘柄で十分」「まだ預金に余っている分もあるから、もうちょっとやろうかしら」という話を聞きだした。まずは、保有しているJリートを解約まで持っていかせることが重要である。現状損失額は減っているものの、未だ利益は出ていないJリートを解約させるために、chiginはJリートについて評判悪く書かれていた日経の記事の切り抜きを持ち出し説明した。「不動産は売却収入から分配金をだしているのだけれど、最近不動産価格が高止まりしており今後の成長は望みにくい。現にリートは売られている」この説明でWさんの不安をあおり、解約させることに成功した。あとは、乗り換え先の銘柄の選択である。

ここで、chiginはスケジュールをもう一度確認した。今回の解約金が入金となるのは3/31。この日に購入の手続きをすることになる。しかし、外国の株や債券が入っているファンドは、約定が申込日の翌日、すなわち4/1付けの数字になってしまう。まずい、今期に入らない。今期に入れるためには、申込日約定の日本株投信しかない。日本株投信にもっていこう。日本株投信も複数あるがどうしよう。お、この「ジャパンファイン」という商品だけ手数料が高い。「隠れた優良株」を選定し投資をするこのファンド、どうやら半年間のパフォーマンスを他の商品と比べてみると、下落率が低いほうである。よし、「わかりやすい」という名目で日本株投信、中でも「パフォーマンスが悪くなさそう」という名目でジャパンファインを売りつけよう。

実際にこの話をし、また金額は解約見込額18,600千円に、預金の使わない部分3,000千円を足して21,600千円で申込を受け付けることになった。収益率は2.16%、収益見込みは422千円である。当初の想定よりだいぶ下がってしまった。超ショック。

ちなみに、今日本株投信を購入するのは少し賭けである。6月に選挙があり、そこで政権交代などしようものなら、アベノミクスの終焉として日本株がダダ下がりする可能性は十分考えられる。一方で、消費増税延期とかになればプラス要因であるが、正直リスクは大きい。「半年後下がってたらどうしよう・・・この人資産当行にしかないのに90%投信にしちゃって大丈夫なのかな・・・」chiginが書類を預かった際に感じたのは、何の達成感でもなく、罪悪感と、「なんでこんなことしているのだろう」という疑問であった。

さて、Wさんは保険ではなく投信にしてしまったせいで、予想より収益が478千円も下回ってしまった。あと4営業日しかない中、この不足分を埋めるべく、chiginの電話セールスはひたすら続くであろう。


4月1日に、chiginは明るい顔で真の「春」を迎えられるのだろうか。それは、chiginの努力次第である・・・。

 

※この物語はフィクションです。